第16講 日本で増加してきた「同意なき買収」 米国に近づいてきたM&Aの今を概観する
M&Aを正しく活用する時代
第16講 日本で増加してきた「同意なき買収」 米国に近づいてきたM&Aの今を概観する
目次
友好的M&Aが主流だった日本のM&Aが、大きく変わりつつある
友好的M&Aが主流だった日本のM&Aが、近年、大きく変わりつつあります。もちろん、中小企業を売り側とする事業承継型M&Aは、いまだに友好的M&Aが支配的ですが、上場企業同志のM&Aに、これまでの日本では見られなかった、新たな形態が出現しています。
今回のコラムでは、その最新情報と、その時代背景について、説明をして参ります。
「同意なき買収」とは?
日本におけるM&Aは、その成立件数も少なく、これまでは、大企業同志のM&Aでも、「友好的M&A」と呼ばれる形態のものに限られていました。
ところが、近年、アメリカでは非常に多い、「敵対的M&A」の形態の買収が、日本でも登場しはじめています。
従来は、
「日本のビジネス環境には、敵対的M&Aは馴染まない。」
という意見が多くみられました。しかし、このような見解は完全に過去のものになりつつあります。
現在は、そのような「日本ビジネス環境」自体が変化してきており、敵対的M&Aが登場しはじめており、今後、増加するものと思われます。
「敵対的M&A」というのは、買収する資本側が、買収する経営側の合意をえずに、買収する側の株主から株を買い受けて、支配権を獲得するため、別名を、「同意なき買収」とも呼ばれます。
アメリカのウオール街で、金融系経営コンサルタントを10年以上経験してきた僕は、この同意なき買収の実務を、買収側で多数積んできている、日本人のM&Aアドバイザーとしては珍しい専門家ではないかと思っています。
通常、同意なき買収は、TOB(Take Over Bid)の手法を用いるのが普通です。
TOBとは、株式の公開買付のことで、買収側が、買収対象の企業の株を市場の価格よりも高値で公開買付をし、議決権を握る手続きです。
従って、一般的には、TOBは、株が公開されている上場企業の買収に用いられる方法です。
では、日本の中小企業が定款で、譲渡制限をつけている場合、敵対的買収の対象にならないのかと言えば、今後は、そうとはいいきれなくなりそうです。
僕も、アメリカで、多数の非公開会社の買収のアドバイザリーを経験して来ましたが、譲渡制限ある会社でも、投資ファンドが出資していたり、株を数人の株主で持っていたり、株主に相続が発生しているにも関わらず、これを経営者が放置しているような会社では、同意なき買収が、譲渡制限会社でも行うことができます。
この場合、第一段階では株式自体を譲り受けずに、議決権行使の委任状を株主から集めて、株式の67%以上の議決権を握ります。閉鎖会社でも、議決権行使の委任状は、第三者宛てに合法的に出すことができるのです。これを基礎に、株主総会を経営者に開催を要求し、そこで、譲渡制限条項の削除を決議し、譲渡制限条項を定款から削除させ、あるいは、株式の売却の株主総会合意決議をえたうえで(これは取締役会非設置会社であれば可能です)、株式の過半数を取得するという手続きをとります。
TOBを利用した公開会社の同意なき買収はもちろん、非公開の譲渡制限付き会社でも、同意なき買収は、今後、日本でも可能です。おそらく、今後、増えてゆくのではないかと予想できます。
TOBは、どのような形で進められるのか?
では、先にあげたTOBを、もう少し丁寧にみていきましょう。
TOBは、買収希望企業が、買収先の企業の株式を、公開市場外で公開的に不特定多数の株主から買い付ける方法をとります。
公開市場外で買うわけですから、当然、株式の公開買付価格は、市場価格を大きく上回ります。TOBが行われることを、株式市場の株価は読み込みますから、当然に株価は上昇しますので、公開買付価格が相当な高値でなければ、不特定多数の株主は、株式を売りません。
買収希望企業は、買取株数・価格・買付期間を公告して買い取ります。
TOBを目指す買収希望企業は、買取後に企業を再編し、経営を効率化することを目指しますから、買収希望企業をはじめとする少数株主に議決権を集約して、意思決定プロセスを迅速化しようとします。そのため、多くの場合、TOBの後に、上場が廃止になります。そのため、一般株主は、TOBで買収希望企業に売り抜けるか、上場廃止までに公開市場で株を売り抜けないと、株価が市場価格を失ってしまいます。これが、TOBが非常に強力に株式を買い集める方法になる原理です。
最近では、更に、対抗TOBという形態が日本に登場しています。
これは、一つの買収先をめぐって、先行する買収希望企業に対して、後行する第二の買収希望企業が現れ、先行企業よりも高い株価でTOBを実施して、先行買収希望企業から、買収先を奪う手法です。
アメリカでは非常に多くの対抗TOBが行われていましたが、日本のM&Aでは、先行企業や有利であるという慣行がありました。
これが最近、覆される案件があらわれたのです
2023年11月、医療情報サイトを運営するエムスリー(先行買収希望企業)は、福利厚生代行のベネフィット・ワン(買収先)の買収を発表しました。その翌月に、第一生命ホールディングス(第二買収希望企業)が、より高い価格で、ベネフィット・ワンを買収するTOBを発表しました。
2024年2月に、第一生命ホールディングスは、エムスリーを出しぬいて、TOBを実行し、ベネフィット・ワンを買収しました。
これが、対抗TOBの日本における事例です。
AZ-COM丸和によるC&Fロジの買収
さて、ここで、日本における「同意なき買収」の具体的事例をご紹介しましょう。
配送事業者である、A-Z COM丸和ホールディングスが、2024年3月21日に、同業者のC&Fロジホールディングスの買収で、5月上旬にTOBを開始する旨、発表しました。買収協議と並行して、TOBを発表する、という手法をとっており、C&Fの経営陣と買収協議が整わない場合、同意なき買収に入るぞ、という姿勢をとっています。
従来、日本のM&Aは、友好的に相手との交渉を行い、買収先の同意がえられなければ、M&Aを撤退するのが普通でした。しかし、A-Z COM丸和は、協議と、TOBを同時に進めており、かつ、その協議期限をTOB公表という形で切って、交渉をしているということです。
敵対的買収の事例は、永守氏率いるニデックによる工作機械メーカーTAKISAWAへの買収提案や、先にあげた第一生命ホールディングス事例など、増えてきています。
敵対的買収のデメリット
M&Aは、買収後に事業を投資側が引き継ぎ、従業員の組織をマネジメントして、旧経営者の体制を遥かに超える成長とイノベーションを実現してはじめて、成功といえます。そのためには、旧経営陣は別としても、従業員の雇用を維持し、モチベーションと活力を引き出すことが不可欠です。
従来、日本では、そのためには、旧経営陣と買収側が友好的に事業を引き継ぐほうが、望ましいとい考えが強かったといえます。
敵対的買収は、従業員に恐怖感を与え、集団離職などにも繋がりかねない方法であると考えられてきました。
また、敵対的買収は、TOBの手法によりますが、TOBは、市場価格よりもかなり高い価格で株式を公開買付するため、その株価は、企業価値を遥かに超える価格になる怖れがあります。
何故、敵対的買収をかけるのか? 買い側の事情に迫る
このようなデメリットがあるにも関わらず、何故、今、買収側は敵対的買収の手法を使うのでしょうか?
僕は、アメリカで、敵対的買収を行う投資側のアドバイザリーを、何度も務めて、敵対的買収を成功させてきました。
投資側は、実際、可能であれば、友好的なM&Aを行いたいと考えています。スタート段階から、敵対的買収を仕掛ける投資家は、アメリカでも、まずいません。
投資側が敵対的買収に入るのは、おおよそ以下のような事情がある場合が多いのです。
・現状の経営陣の経営が放漫経営をしており、現経営陣による会社の私物化がみられる
・その放漫経営が原因で、従業員の待遇が悪く、従業員のココロが現経営陣から離れている
・会社の潜在的な力やポテンシャルが、非常に高いと認められる
・放漫経営や、経営の私物化をしてきた経営陣が、第三者の経営介入を怖れ、私物化に拘っている
このような状態がみられる会社に対し、旧経営陣の意思に反しても企業を手に入れて、経営体制を一新すれば、高値で買っても、充分、勝算があると投資側が踏んで、敵対的買収に踏み切るのが、アメリカの実情です。
太平洋戦争で、古い会社が一掃されたことによって、上場企業に、放漫経営や、巨額な役員報酬をとる創業者が少ないというのが、これまでの、日本で同意なき買収が少なかった原因ではないかと、僕は思っています。
中小企業買収では敵対的買収が行われない、とはいえない!
今のところ、日本で報道されている敵対的買収事例は、公開会社を対象とするものだけです。非公開会社の場合、株式の譲渡制限が定款に規定されていることが多く、同意なき買収を行うことは、公開会社に比べて、非常に制限されます。
しかし、だからと言って、株式の譲渡制限会社に、同意なき買収が不可能なのではありません。株主総会の決議で、定款変更が可能であることから、先にあげたような株主の委任状を獲得する方法で定款変更を行い、譲渡制限条項を外す定款変更を行うことで、非公開会社についても、同意なき買収は、不可能ではありません。
実際、僕は、アメリカで、何度も非公開会社の敵対的買収のアドバイザリーを行ってきました。
日本の会社法制の下でも、非公開会社への敵対的買収は、可能だと思っています。
安易な資本政策や放漫経営の姿勢は、中小企業でも、買収対象となる時代へ
株式を公開する上場企業においては、今後、
「日本におけるM&Aは、売り側有利の売り手市場で、売り側が買い手を選ぶ」
という、これまでの常識が、通用しなくなる時代が、確実に到来しつつあることを念頭に置いて経営をしなければならないでしょう。
そして、非公開会社においても、オーナーが100%株式を所有しない企業においては、同意なき買収が襲い掛かってくるリスクが出てきたことをアタマにおいて経営をしなければならないでしょう。
同族で株式を所有していたとしても、株主の相続などによって、株式が元の株主の手から離れれば、その株主は、第三者に委任状を売り、最終的に、定款の変更を株主総会の動議で決議され、株が、経営陣の同意なき第三者の手に渡るという事態が、「ドラマの世界」ではなくなるかもしれません。
成長企業M&Aサービスのご紹介
強い成長を目指す企業(成長企業)と、投資によってスピードある新規事業の参入を目指す企業(投資企業)の、資本提携をM&Aの手法で実現する成長企業M&A
成長企業M&Aとは、成長期にあるベンチャー企業や中小企業と投資企業を仲介し、飛躍的成長を遂げるために、M&Aという手法で資本提携関係を結ぶ手法です。
URVプランニングサポーターズが提供する「成長企業M&A」で、企業の成長力・資金力を飛躍的にアップし、事業成長の壁を打ち破ります。
本稿の著者
株式会社URVプランニングサポーターズ代表取締役 兼 エグゼクティブコンサルタント
松本 尚典
- 米国公認会計士
- 一般財団法人M&Aアドバイザー協会認定M&Aアドバイザー
日本の大手銀行から、ニューヨーク ウオール街での金融系コンサルタント業務を経験した後、日本に帰国し、国内の大手企業数社の役員の歴任。この間、M&A大国アメリカで、数多くのクロスボーダーM&Aや、TOB案件を纏めあげ、そしてまた、日本でも多くのM&A案件を投資企業側の責任者として纏めた、豊富なM&A実務経験を有する。
2015年にURVグローバルグループのホールディングス会社で、経営支援事業を本業とする、株式会社URVプランニングサポーターズ(松本尚典が100%株主、代表取締役)を設立。多くの中小企業の経営者の経営顧問や監査役として、中小企業の成長戦略に関わる。
こうした業務の中で、投資企業側の事情と、投資を受ける中小企業側の事情の双方に精通する知識と経験を活かし、成長企業への投資案件に特化した、成長企業M&A事業に進出する。